私の認知症脱出記

私の認知症脱出記

簡単に自己紹介をします。
名前は、大水 東三郎
生年月日は、昭和19年6月25日
子供は、長男、長女
娘と同居。
趣味は、読書。

私の記憶    


この体験は私の個人的体験であって、因果関係が証明されたものではありません。

★最初の発作的記憶喪失

 私は、50歳の時認知症の兆候があった。
 しかしその時は全く気に留めなかった。

 車運転中突然記憶が無くなったのだ。
 どこに向かって、どこを走っているのか、何のためか全くわからなくなった。

 自分はどうなったのか、言いようのない不安におそわれた。
 今でも、あの時を思い出すとぞっとする。
 車を道路わきに止めてじっとしていた、動きようがないのだ。

 時間的記憶はないが、たぶん10分ぐらいだろうと思う、元にもどったのだ。

 その時はこれが認知症の始まりだとは全く思わなかった。
 その後、年に一度ぐらいあったが、年を取ると『こんなこともあるのだな』ていどにしか思わなかった。

★認知症と知ったのは65歳ころ

 これがアルツハイマー型認知症だと知ったのは、65歳をすぎてからだった。

 それまでは年に一度ぐらいでしたから、気にはならなかった、ところが65歳過ぎたころから、頻繁起きるようになった。

 これは異常だと気が付いた、ネットで調べたら、アルツファイマー認知症と分かった。

★考えることが面倒になった

 このころは、仕事仲間から『何度も同じことを言うな』と言われていた。
 自分では気が付かないうちに、言ってしまうのだ。

 さらに、考えることが面倒になり、直ぐグチャグチャにしたい衝動が起きるようになってきた。

 また、通い道に迷って、30分の距離を何時間もかかることが起きるようになった。

 なかなか現場にたどり着けないようなことにもなってきた。

★交通事故を起こした 

 交通事故も起こした、24歳のころから運転していたが、その時まで追突されたことはあっても、自分で事故を起こしたことはなかった。

 帰宅途中、松島小学校前のコンビニの駐車場から出るときに衝突された。
 一度は確認したはずだったが、確認から車が動くまでに時間が長かったようだ。

 これは、二重事故になった。
 私の、車の鼻先に衝突した車は、そのはずみで対向車に衝突した。

 100%私が悪い、でも保険会社では80%にしてくれた。
 示談まで3年かかった、人身事故ではないのが救いだった。

こんな状態になっても、家族に事故のことは言えても、認知症になったとは言えないものだ。
 テレビドラマで、認知症を否定する場面があるが、その気持ちがよくわかる。

★兄も認知症だった

 私には、12歳違いの兄がいる、私が60歳のころ兄が認知症になって、松島のあるホテルに迷い込んで、塩釜警察署に保護されたことがあった。

 また、実家に行った時兄が作った美しい庭が、めちゃめちゃに掘り返されていた。その時、イノシシの仕業と思っていた。

 実家は山奥なのでよくイノシシが畑を荒らすのだ、イノシシはミミズを食べるために畑を掘るようだ。

 それが、まさか兄の仕業とは思ってもいなかった。
 兄は認知症になっていたのだ。

 この時は、自分は絶対の兄のようにはならないと思っていた。

認知症脱出の脳トレをする
 兄のようになりたくない一心で、ネット上にある認知症のための、色々な脳トレーニングを試した。

 例えば“ナンバープレイス”だ、1~9の数字を縦横9マス合計81マスの中に、縦横ダブらないように入れていくものだ。

 初級はできるのだが、中級以上にになると、考える気力がなくなるのだ。

 そのようなことだから、症状は進む一方だ、70歳のころには、週に1回起きるようになり、回復時間も長くなった。

 認知症は、症状を遅らせることはできても、完治しないらしい。
 テレビでも、完治したドラマは見たことがない。

 また、周りにも認知症になって、施設に入った人は少なくない。

★藁を掴む気持ちの時
 絶望的な気持ちになっていた時に、スピード言葉に巡り合った。

 藁(ワラ)をつかむ気持ちで試した。
 これは、ただ聞くだけで考える必要がない。
 これなら、続けられると思った。

 今までの脳トレーニングは、考えることだったので直ぐグチャグチャにしたい気分に襲われていた。
 根気よく、続けられないことが多かった。
 
★不安な症状が起きた

 朝、夕10分ほど聞いて、半月たったころ、“めまい”がするようになった。
 5分ほどで収まるのだが、不安があった。

 しかし、どんなに悪くなっても認知症よりいいだろうと思って、つづけた。

 “めまい”がなくなると、爽快な気分になった、あの気分は、忘れられないだろう。
 暗曇の空が快晴になった気分だった。

 地獄から天国に行くというのはこのことだろうと思った。

★再発する

 一年ほど続けて治ったと思って、スピード言葉を聞くのを止めた。
 すると、半年もすると考えることが面倒くさくなるきざしが出てきた。

 スピード言葉を、継続していかなければならないことに気が付いた。

 しかし、私の入手した音声は長いし、同じ音声を何度も聞いていると飽きがくる。

自分で音声を作る

 市販のものは、継続していくには、難点があって思わしくなかった。

 そこで、短くて飽きない量の音声を作って毎日聞いている。

 多くの音声を作れるようになったので、私のような人が 他にもいるのではないかと思ってスピード言葉を提供することにした。

 ただ、これは私だけに起きたことかもしれないが、
 私のように、認知症になる兆候の人は そこから脱出したいと思うだろう。

 試してみて、何も変わらないかもしれない、もしも、変わったら素晴らしいことではないか。